2010年5月26日水曜日

宝くじが当たったら



不景気の折、宝くじでもかって


家計の足しにしようと買ってみるのだがあたらない。


どうせなら3億円でも当たった時のことを考え


「あたらなくても良かった」と考えてみようか。


もし宝くじで数億が当たったら?


とりあえず働くのは辞めてボーっとしたい


・・・しかしちょっと待とう。


いきなり会社に「辞めます」っていったら当然理由を聞かれる。


「もう働きたくないんです」なんていったら


好意的に見られる場合→うつにでもかかったから病院へ行けといわれる


疑いの目で見られる場合→宝くじでも当たって金が必要無くなったのではと勘ぐられる


どちらもあまり良くなさそう。


とりあえず回りに心配もしくは不安・疑念を持たせてはいけない。


意外と大変そうだ。


実家が家業などあれば「親の会社を継ぐ」ってのができる人もいそうだが


自分には当てはまらない。


誰にも言わず一人で隠しておくか?


そうすると、今後付き合ったり結婚なんかしているひとは、


高い買い物とかすると


「こんなお金の使い方する人って金銭感覚大丈夫かな?」


と疑われるのでは。


もし宝くじが当たったことを伝えれば、前ニュースで見たことがあるけど


宝くじに当たった女性が付き合った男性に教えて、最後は男性が女性を殺して


金を奪うといった事件だって起こっている。


将来教えた人が、金に目がくらんでおかしくなることだって


考えないといけない。


しかし教えないと相手を不安にさせる。


なかなか解決策が思いつかない。


何気なく本田宗一郎さんの「俺の考え」があったので見てみた。


『人生は信用とカネの天びん棒』というタイトルの中に


「われわれはどっちみちいくら良く見せようといったって、


自分お背の高さというものが決まっているのなら、


自分という支店をカネのほうへもっていっても、


信用のほうへ持っていっても、なんら損も得も無い。


これは同じである。


そこでわれわれは信用とカネと両方得なければ、社会生活はおもしろくないし、


人から尊敬を受けない。」


という文章に目が留まった。


確かに金があっても尊敬できない「ただの人」と思われていたら


人生楽しくなさそう。


ではどうすればよいか?


「両方高めるためにはどうするかといえば、自分が支店を上げるよりしょうがない。


視点を上げるということは、自分がよく勉強して実力を養う以外に何物も無い。」


とあった。


つまり、3億円当たって楽しく過ごそうとしたら


3億円持っていても尊敬足りえる存在になっていれば良い。


例えば年収3億ある人は、あたっても不思議がらない。


・・・本末転倒だよっ


でも確かにそうだ。勉強させてもらったよ。本田宗一郎さん!


今は宝くじに当たるべきではないな。